石井飛鳥 大廻天カルペディエム

その瞬間を愉しもー!

小説版『アング・ラグラ』(アーバンギャルド feat. 虚飾集団廻天百眼)

アング・ラグラ

トラウマテクノポップバンド、アーバンギャルドの新アルバム『メトロスペクティブ』に収録の『アング・ラグラ』という楽曲で廻天百眼がコラボさせて頂きました!


www.youtube.com

私は、PV(プロパガンダ・ヴィデオ)の脚本、監督、撮影を担当しました。
さらに、PVをつくる過程で小説版を執筆しましたので掲載いたします。『アング・ラグラ』の世界の一貫として、どうぞお愉しみください!

 

胎内くぐり問答~アング・ラグラに寄せて〜


 幻視! 幻視! 幻視! 頭痛!
 テンマは慄いた。
 逆巻く明滅、揺れる天と地。
 割れそうな頭に光景が蘇る。これは忘れていた過去なのか、まさかこれから訪れる予見なのか。

 新宿東宝ビルの雑踏、いわゆるトー横。仕事付き合いで歌舞伎町のキャバクラに連れられたサラリーマン、テンマは、上司の顔を見ながら呑むまずい酒とケバケバしい宴席からやっとの思いで解放され、帰路の西武新宿駅へと向かうところであった。
 会社に勤め15年、明日も早い、繰り返す毎日。街路の片隅では無軌道な若者たちが酒を呑み半裸のような格好で何かを叫んでいるが、今ではそんなものを見ても何も思わなくなってしまった。
 と、赤いコートを着た女にぶつかってしまう。
「すみません」
 そう言おうとした瞬間。何かが落ちる。絵のようだ。テンマは慌てて拾いあげるが、女は振り向きもせずすたすたと歩き去ってしまう。赤い帽子に赤いコート、少しレトロな真っ赤なヒール。およそ自分の人生とは交差することのないように見える女。だがその背中には、どこか見覚えが。ふと視線を絵に移すテンマ。どうしたことか、目が離せなくなってしまう。なんだ、この絵は。見たことがある? 絵を返さねば。だが、テンマは視線を外せない。頭の奥で、何かがムクリと首をもたげる。女に声をかけ、絵を返さねば。地面が揺れるようだ。視界がおかしい。およそボクはいつ生まれどうやって生きてきたのか。この絵はどこで見たのか。あの女はどこで会ったのか。頭が、痛い……!

  ×  ×  ×

 …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
 低く唸る、虫の羽音のようなものが聞こえる。その音で、テンマは自分が意識を失っていたことを知る。地面が冷たい。倒れてしまったのだろうか。空気が、雑踏とは何やら違う。病院に運ばれでもしたのか。それにしては固いところに寝かされている。いや、そんなわけはない、そう直感が告げる。見てしまった絵は、何かとてもつもなく重要なものだ。昏倒して病院に運ばれるぐらいでは済まないような、何か。あの瞬間に様々な景色が眼前をよぎった。全てを思い出したような気がするが、全てを忘れてしまったような気もする。グレゴール・ザムザは、ある朝目覚めると自分が虫であったことに気付いたというが。自分も目を覚ますと取り返しの付かない何かに気付いてしまいそうで、この目を開けるのが怖い。
 ……ブウウーンーーーー!
 顔の近くだ、うるさい!
 思わず目を開けるテンマ。眼前3センチ、いまにも触れそうなところに男の顔があり、
「ブウウーン!」
 と口でそう言っている! 慌て跳ねのけ、後ずさりするテンマ。
「ブウウーン…………。ようこそ、アング・ラグラ」
 男はニヤニヤと笑みを湛えながらそう言った。軍帽にふんどし、着物を粗雑に羽織り手に鞭を持ち、サーカス団、いや、見世物小屋の団長かのような時代錯誤の出で立ちだ。見ると、男の他にも、金髪のピエロのような格好の男、黒い長髪を振り乱し襦袢に着物を羽織った遊女のような女、シルクハットに燕尾ジャケットとレオタードのマジシャンのような格好の女がおり、にやりとテンマを見ている。さらに、テンマを覗き込む一団、それを奥から見守る赤い着物の女が一人。ああ、なんということか、あれは新宿でぶつかった赤いコートの女ではないか。
「よく来てくれました」
 女が口を開く。
「あの、ここは」
ハジメえっ!」
 疑問を遮り、団長が鞭を振るい一喝する。見世物小屋一座のような集団の、奇妙な芸が始まる。アクロバットにトンボ返りをするピエロ、つくりものの奇妙な化物人形を使い艶めかしい姿を見せつける遊女、アコーディオンを演奏するマジシャン。テンマが圧倒されていると、団長はさらにピシリと鞭を振るい、
ハジメえっ!」
 と、テンマを指すではないか。皆が一斉にテンマを見やる。その目には、さあ、何をしてくれるんだい、という品定めの好奇心が宿っている。
 何をって、何かができるわけないじゃないか。ボクは芸人じゃないし、およそこんなこと、今まで何もしてこなかったはずだ。
 どっとアブラ汗がふきだす。
「いえ、ボクは、こんな芸は」
「どうぞ」
 またしても言葉を遮られるテンマ。遊女が渡してきたのは骨、それもかなり大きい、まさか人骨だろうか。だが、考える余裕などなく、
「うわあああー!」
 気付くとテンマは叫びながら骨を振り回していた。滑稽な動きである。一座は、途端にプロの芸人として厳しい目つきになる。テンマはというと、
「ホラホラ、これがボクの骨だー!」
 と、自分でもわけのわからぬ事を口走りながら、骨を振り回す。皆の厳しい視線が刺さる。これは芸なのであろうか? やがて疲れ果てたテンマは息が上がり、座り込んでしまう。その様子をじっと見ていた一同であるが、互いに顔を見合わせると……。
 喝采! 拍手喝采である!
 みな笑顔で手を叩き、口笛と声援が贈られる。安堵とともに、少し誇らしげな気持ちになるテンマ。
 赤い着物姿のあの女もニコニコとしていて、
「そうよ」
 そして手を叩き、感極まった声で、
「それが、あなたの骨よ」
 と。そして、
「連れてきて」
 と一座に命じる。テキパキとかしこまり、一座はどこからか車椅子を押してくる。そこには、白塗りでおかっぱ、頭に赤い飾り布を乗せた、雛壇のような着物を着た女が座っていて、
「テンマかい?」
 声を聞いた途端、懐かしいやら、恥ずかしいやらの得も言われぬ気持ちが湧き上がってくるテンマ。
「そ、そうです」
 それだけ言うのがやっとである。その女はテンマをじっと見つめる。大きな目だ。女に見られているというよりも目という器官、いや、脳と神経と言った内臓そのものが纏わりつき、テンマの存在そのものを呑み込み、頭の毛の先から足のつま先まで舐め回し確認されているかのような錯覚に陥る。
「やっと会えたね」
 不思議な事を言う。自分はこの人に会っている。いや、夢で会っているのだろうか。夢でない夢で会っている。会っている、会っている、会っている。

  ×  ×  ×

 波音がする。どんよりとした曇天の下、誰もいない砂浜が広がり、海が、ただ海としてそこにある。テンマは、その広い砂浜を彷徨っている。どうやってここへ来たのか、いつからいるのかも分からない。
「おーい!」
 叫ぶテンマ。波音だけが返ってくる。
「誰かいないのかー!?」
 波音が繰り返す。
 一体ここは何処なのであろうか。また別の幻か何かに囚われてしまったのだろうか。眼前には永久に続くかのような砂浜だけが広がっている。
 途方もなく歩くテンマ。ふとその時、人影が。喜び走り出すテンマ。
「おーい! おーい!」
 だが近づくにつれテンマの足は鈍り顔には不安が満ちてくる。人影の正体は、新宿でぶつかったあの女、見世物小屋のような場所にいた赤い着物のあの女である。女はテンマに手招きをしている。仕方なしに女の方へ行くテンマ。
「ほら、見てよ」
 と、どこかを指さして言う女。見ると、その先には、誰かが倒れていて。
「……!」
 これもまた見知った人物である。あの車椅子で運ばれて来た、白塗りの雛壇のような格好をした女なのだ。仰向けで、腹を押さえていて。……腹が大きい。身重のようだ。苦しんでいるようで、まさか、陣痛? こんな場所で生もうというのか。一体、何を?『何を』という考えが浮かんだ瞬間、テンマは自然と叫んでいた。
「おかあさん!」

  ×  ×  ×

 慌ただしい足音と呻き声、『がんばって』と誰かに言っている赤い着物の女の声。また気を失っていたのか。目を開くとそこは見世物小屋のようなあの場所。一座の皆が忙しく行き来している。どうしたことか、と立ち上がりテンマは様子を窺う。と、母と認識した白塗りのあの女が車椅子で苦しんでいて、赤い着物の女が手を握り励ましている。白塗りの女の腕からは点滴のごとく赤い紐が伸び、その脇には団長と遊女が真面目な面持ちで、まるで医師と看護婦かのように立っている。
 赤い着物の女が、
「ついにこの日が来たのね。あと少し、あと少しよ!」
 と励ます。遊女も、
「大丈夫ですよ、しっかり!」
 と。
 白塗りの女が、
「テンマ! テンマ!」
 と苦しみながら言っている。テンマが思わず悲鳴を上げる。
「ああ……!」
 意識の奥でうっすらと燻っていた気配が一気に実感へと変わる。わかった……。わかってしまったのだ……!
 ふいにピエロとマジシャンが歩き出し、テンマの横を通り過ぎどこかへと向かう。その先には、なぜ今まで気づかなかったのだろう、天が見えないほどに巨大な、赤い錆に覆われた鉄扉が。それは両開きの引き戸になっているようで。二人が鉄扉の持ち手へと手をかける。
もし、あの扉が開くようなことになれば、ボクは……!
「やめてくれ!」
 叫ぶテンマ。
 団長と遊女が顔を見合わせる。二人はテンマの両脇へすたすたと歩いて来ると腕をがっちりと捕まえ、扉の方へ引きずり始める。
「頼む!やめてくれ!!」
 抵抗虚しく引きずられるテンマ。
 後方からは、母の苦しみの声と、赤い着物の女の励ましが聞こえる。
「もう少しよ! がんばりましょう!」
 テンマの両の目から、涙が溢れる。視界が滲んでいく。
「嫌だ! 出ていきたくない!」
 涙、涙、涙、泣いているのだ! 叫ぶテンマ。その姿は、どうしたことか、いつの間にか一糸纏わぬ素っ裸である!
 金属製の轟音を響かせながら、予感の通りに鉄扉が左右に開いていく。開いた隙間から明かりが差す。強い明かりだ。暗い場所に目の慣れたテンマにはとても眩しく感じる。避けようのないその時が来たことを悟り、テンマは、
「まだここにいたい! まだここにいさせてくれー!」
 と、もはや駄々っ子のように泣き叫ぶ。
 扉の開口が大きくなり、外の景色が見えてくる。
 そうだ! やはりそうなのだ!
 溢れる涙でぼやけて見える。扉の向こうにあの砂浜が、そして陣痛に苦しむあの母の姿が。
「嫌だ嫌だ嫌だー!」
 ズルズルと引きずられるテンマ。しかし、もうあと数歩で扉というところ。ふと、団長と遊女が掴んでいた手を放す。ふいに力を抜かれ、立ち尽くすテンマ。一座がテンマを見守っている。団長が、遊女が、ピエロが、マジシャンが、じっとテンマを見ている。後ろを振り返る。白塗りの女のお産はいよいよ佳境だ。その隣で、赤い着物の女もまた、テンマを見ている。 と、目が合う。その表情は、優しい微笑みを湛えていて、そして……、涙を流している! 女が、テンマの目を見ながらゆっくりと頷く。それはテンマを慈しみ、勇気づけるかのようで……。
 テンマは再び振り返り、扉の先を見やる。荒涼と広がる砂浜。掴みどころのない海。ボクは、あそこで生きていくのだろうか。
 一歩を踏み出すテンマ。
 では、ボクは、どこで生きてきたのだろうか。
 さらに一歩を踏み出すテンマ。
 そうだとしたら、一つの夢が終わり、また別の夢が始まるようなものなのだろうか。
 と、後ろから拍手が聞こえる。赤い着物の女が手を叩いているのだ。団長も手を叩きだす。 やがて一座の皆も、泣きながら。
 喝采、拍手喝采である。
 テンマは扉の外の光の中へ消えていく。

  ×  ×  ×

「間もなくです、お願いしますー!」
 ハッとするテンマ。楽屋だ。テンマはライブハウスの楽屋にいた。彼のバンド、アーバンギャルドの出番ということで、スタッフに呼ばれたのだ。いつものようにステージに向かうテンマ。いつものように? テンマは思い出した記憶のような、夢のようなことについて考える。確かに自分はサラリーマンであったし、見世物小屋にもいた。それで今、自分は何者なのであろうか? いつも、ずっと問われている気がする。ここはどこなのか、自分は誰なのか。記憶や夢に交差する一旦に、いま見ているこの景色は揺らぎの中の一つでしかなく、ある日、目を覚ましたり、生まれ直したりしてしまうのではないか。ステージの明かりが見えてくる。テンマは歌う。
「答えはないよ問われるだけさ」


 

音楽系の動画作品でも自分はストーリーをベースにした作り方をします。
今回も物語の制作から入ったのですが、プロット段階で読み物のようなテイストを醸し出し始めまして。ならば小説として、『アング・ラグラ』の世界を広げてみてはどうか。そんなご提案を頂き執筆させて頂きました。

『アング・ラグラ』収録のアルバム『メトロスペクティブ』は全国CDショップで発売中!
サブスクもありますのでどうぞよろしくお願いいたします!

www.urbangarde.net

アーバンギャルド 「 アング・ラグラ 」
作詞:松永天馬 作曲:松永天馬
編曲:アーバンギャルド
Vocal:浜崎容子 松永天馬
Keyboard:おおくぼけい
Guitar:西村健
Chorus:廻天百眼暗黒合唱団
紅日毬子 桜井咲黒 十三月紅夜 左右田歌鈴
Mix:飯波光洋
Mastered by 森﨑雅人
Mastered at ARTISANS MASTERING

アーバンギャルド - アング・ラグラ feat.虚飾集団廻天百眼
出演:アーバンギャルド
 浜崎容子
 松永天馬
 おおくぼけい
虚飾集団廻天百眼
 紅日毬子
 十三月紅夜
 MIKACO
 伊能佑之介

監督・脚本・撮影:石井飛鳥
撮影助手:只野小平 GR-TAKA
編集:ALi(anttkc)
プロデューサー/プロダクションデザイナー/題字:松永天馬
衣装:YUHEI SUGIMOTO(YOKO)),紅日毬子
ヘアメイク:河野奈都美,高橋みゆき
特殊メイク:十三月紅夜
スチール:ミワ
協力:ACM:::
制作:前衛都市

 

ishiiasuka.hatenablog.com


Carpe diem🍺 Memento mori💕